2015.12.21 Monday
天海未彩の不思議体験記(気・エネルギー・ヘミシンク)
0

    天海未彩の不思議体験記(気・エネルギー・ヘミシンク)

    私は以前は、出口が見えない真っ暗なトンネルの中で苦しみもがいているような状態でした。(至福学トップページ「ごあいさつ」のコーナーを読んでいただければ幸いです)
    そんな私が今は、願望達成、新たな発見、気付きなど心豊かでワクワクするような日々を過ごしています。

    それは愛・感謝の心や瞑想(内観する)などをキッカケに、見えない世界(潜在意識・宇宙・本当の自分・生命エネルギー・あの世・異次元・心・魂の集団,etcと人によって見えない世界の捉え方は様々ですが)とつながりやすくなったことも要因のひとつではないかと思っています。
    そんな中、深い瞑想状態に入り、見えない世界とつながると通常の意識ではなかなか体験出来ないような状態を体験することがあります。
    そこで「天海未彩の不思議体験記」と題して(様々な体験をしている人にとっては不思議ではなく当たり前の事でしょうが、、、)私がこれまでに体験した中でも選りすぐりのエピソードを紹介したいと思います。

    <タイトル>
    1、 「至福学」の名刺作り 知らないご住職が突然浮かび上がって、、、
    2、 名称を「至福学」に決定した理由 ん? 字が出てこない。
    3、 亡き父との涙の再会 父からのプレゼント
    そして数字に託した私への熱いメッセージとは
    4、 私の夫を生んだ次の日に亡くなった姑。息子(私の夫)への熱い想いを聴く。
    5、 2011.11.11 命日に亡き姑が突然現れ「息子に伝えて」と私にメッセージを
    6、 夫の実家、今は空家、いよいよ処分の前日。親戚一同集合。
    その時亡くなった舅、姑、叔父、叔母も集合。皆で仲良く記念撮影!?
    そしてその夜、亡き舅が私にメッセージを。
    7、 夫の実家、今は空家、いよいよ処分の日。
    その時、家の守り神が私に告げたこと。そして直後大地震が。
    8、 「赤ちゃんの魂の声を聴く。シリーズA-1」
    「前世はどんな生活をしていたの?」「現世でやりたいことは?」全て答えてくれました。
    9、 「赤ちゃんの魂の声を聴く。シリーズA-2」
    「ありがとう」と突然言われて。「エ〜ッ!そうだったのか!」
    10、 「赤ちゃんの魂の声を聴く。シリーズA-3」
    激しく泣いた理由を尋ね、理解したら安心したかのようにピタリと泣き止んだ。
    11、 「赤ちゃんの魂の声を聴く。シリーズA-4」
    赤ちゃん緊急入院!その時、魂は?
    12、 今(現在)なぜK氏と出会った!?二人で検証。
    関り合った過去世を知ることで納得。そして新たな展開が
    13、 過去世を知った時、現世での使命が分かった!
    至福学を始めるキッカケにもなったこととは‥‥
    14、 「赤ちゃんの魂の声を聴く。B-1」
    「やっとお会いできました」どこからともなく声が‥‥気付くと赤ちゃんに一筋の涙
     
     

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第1回 ≪至福学の名刺作り 知らないご住職が突然浮かび上がって………≫

    お待たせしました!
    第1回 天海未彩の不思議体験記は至福学に関わる「至福学の名刺作り 知らないご住職が突然浮かび上がって………」を紹介します。
     
    名刺づくりの際に心に残る名刺を!と思い、文字が生きる筆文字がいいのではと筆文字のデザイナーをネットで探しました。
    心惹かれる書体を書くデザイナーはたくさんいらっしゃいます。いろいろと時間をかけて検索し一人に絞り、『明日電話をかけて、デザインを依頼しよう』と決めました。
     
    その夜瞑想していた時、突然、短髪で黒い着物を着た男性の上半身の横顔が浮かびました(現れました)。
     
    「えっ!あなたはだれですか?」心の中で尋ねても返事がありません。しばらくしてスーッと消えてしまいました。
    『今のはだれ?ひょっとして 明日依頼するデザイナーの人?』(HPにはデザイナーの顔写真がなかったので)
     
    翌朝デザイナーに電話をかける前にアファメーションしました(オーダーしました)。心で唱えます。
    『これから1回だけ電話をかけてみます。もしかからなかったらご縁がないものとあきらめます。そして再度デザイナーを探します。その時は宜しくお願い致します』と。
     
    電話をかけます。コールしています。1回2回3回………
    しばらく待ちました。かかりません。
    『ご縁がなかった………ということは……… ん?では昨夜現れた人はだれ?ひょっとして?』
    ある種の期待に胸ふくらませ、あらためてインターネットで『筆文字デザイン』と検索してみました。すると2〜3日前には、あれだけ調べても出てなかったのに、お守り名刺 お守り名刺 お守り名刺……… とズラーっとヒットします。
     
    『ひょっとして………』ドキドキしました。
    お守り名刺のホームページのところをクリックしました。
    すると何と!
    トップに、昨夜現れた男性とそっくりの人の写真が載っているではありませんか!
     
    その方は長野にある浄光寺のご住職でした。
    HPには、魂が入った温かみのある書体、ご住職のお人柄、日々活動されている内容もすべて申し分なく、「この方にデザインしていただきたい!」と強く思いました。
     
    そして昨夜の出来事に(メッセージに)あらためて感謝した次第です。
     
    当然ですが話はとんとん拍子に進み、名刺の至福学とプラスエネルギー満載の文字をデザインしていただき、私にとって大切な大切な名刺が出来上がりました。
     
    そしてその名刺を、私の東の大吉方の日に(方位学に基づき)、成田山新勝寺まで行きお護摩だきをしてもらいました。
     
    このお守り名刺を受取られた方は、宜しければお財布やバッグなどに大切に入れておいて下さいね。
     
    ご住職の魂、成田山新勝寺不動明王のお力、そして微力ながら、天海のプラスエネルギーが入ってますので………
     


      ◇◇◇後日談◇◇◇
    「至福学」の名刺の文字を書いていただいた、浄光寺の林映寿様に、思い切ってメールを送りました。

    「宜しければ ブログを見てください」と、、、、、、、、、。

    二年前 名刺の文字を依頼した時、この不思議な体験を話したかったのですが、おかしな人!?と、思われるのでは、、、、、、、と伏せていました。
    この度 ホームページをたちあげ、良い機会だと思い、打ち明けてみたのです。

    ブログを見られた林映寿様からは、すぐに返信がありました。

    「仏様のお導きに感謝します」 に続き 「私のブログでも紹介させていただきたい」と、有難いお言葉を頂きました。


    「 ご縁 願望 お導き 」

    これらは、人との出逢いを大切にすること。そして、見えない世界(非物質界  )を、受け入れ、理解し、体験し、気付き、感謝し、更に受け入れることで、より早く具現化していくように思われます。

    出逢いに 「 愛 感謝 」 です。

     



    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第2回 ≪名称を「至福学」に決定した理由 ん?字が出てこない≫

    「至福学」つながりで、もうひとつ紹介します。
    第2回 天海未彩の不思議体験記は≪名称を「至福学」に決定した理由 ん?字が出てこない≫を紹介します。

    「至福学」の名前にたどり着くまでには、たくさんの候補がありました。
    字画、言葉の響き、イメージ, etc. と検討し、最後に「至福学」ともうひとつの「〇〇学」が残りました。

    さー、どちらにしようか?、、、、、、、、、 決めかねます。
    最後は、やはり瞑想で。

    アファメーションしました(オーダーしました)。心で唱えます。

    「候補が二つあります。決めかねています。宜しくお願い致します。
    まずは言葉の響きから。
    「 至福学 」 と心の中で唱えます。
    しばらく待ちます、、、、、、、、、、、、、、何の変化もありません。
    次に「 〇〇学 」 と心の中で唱えます。
    しばらく待ちます、、、、、、、、、、、、、、、、、、、やはり何の変化もありません。
    では次、文字で。
    「 至福学 」という文字を思い浮かべます。
    当然のことながら、文字はすぐに浮かびます。
    次に「〇〇学 」という字を思い浮かべます。
    当然のことながら、、、、、、、、、、、、、???????
    えっ? どんな字だっけ? えっ?文字が浮かばない!
    文字が、いくら考えても浮かんでこないのです。今まで調べるのに何十回と書いてた文字なのに、、、、、、、、、、、、。
    答えが出ました!
    最終的に名前はめでたく、「至福学」に決定しました。

    瞑想状態で、イメージ、想像、が呼び水となり、スイッチオンとなりますが、まだ体験が少なく、感覚がいまいちつかめなくて「これは自分のただの想像?妄想?」と自信がない人がいらっしゃると思います。 以前の私はそうでした。
    しかし、瞑想状態に入れば、むしろ思考(頭を使って考える)だけで、ビジョンやストーリーが長く展開されることは、難しいのではないかな(シャットダウンされるような)と思います。
    そして、色々体験を重ねていくと、スイッチが切り替わった時の” ふと浮かぶ ”、この微妙な感覚が解るようになると思います。
    それともうひとつ、自信がない時、「この出来事が、私の想像ではないという証拠を示して下さい」などと、日常で確認できる証拠を、現れた人やモノにお願いするといいと思います。ちゃんと応えてくださると思います。

    第3回は、≪亡き父との涙の再会 父からのプレゼント そして数字に託した私への熱いメッセージとは≫です。
    亡き父と再会できました!
    そして父はちゃんと応えてくれました!

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
     第3回 ≪亡き父との涙の再会 父からのプレゼント そして数字に託した私への熱いメッセージとは≫

    亡くなった人に会う!と聞くと「何だかねー」と、眉をひそめる人がいるかもしれません。
    でも、亡くなった大切な人と再会したい! 気配を感じたい! いつもそばにいると実感したい! と切に願う人もいらっしゃるのではないでしょうか?
    そして様々な方法で体験した人達はこの出来事に感謝し、その後の人生を前向きに、力強く生きていらっしゃるようです。
    「体験した人の数だけ、ドラマがあるんだなー」と、お話を聞くたび、しみじみ感じます。

    本題に入ります。
    今回は ≪亡き父との涙の再会 父からのプレゼント そして数字に託した私への熱いメッセージとは≫ です。
    私の場合、深い瞑想状態で、様々な体験ができたので、亡くなった大切な人にも会えるかもしれないなと思っていました。

    数十年前に病死した父に会えればいいなと、何回かチャレンジしたものです。
    でも、まるで霧の中をさ迷っているようで父には会えません

    諦めずチャレンジし続けました。
    そしてある日、いつものように「お父さん、いませんか?」と呼んでいたら(心の中で)、突然私の名前を呼ぶ声がします(わかります)。

    懐かしい声です。

    「あっ お父さんだ!」と思った瞬間、懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいになり、声が出ません。

    お、、、、、と、、、、、、、う、、、、、、、、さ、、、、、、、、、、ん、、、、、、、、、、、、、

    嗚咽しました。

    体験する前に、色々と想像していました。父と再会しても、もう何十年も経っているから、結構照れくさくて「あら!お父さん、元気そうね」と、軽く茶化したり、、、、、、、なんて。でも実際は全く違っていました。

    父の姿が、ボーッと浮かんできました。
    父は私を、笑顔で優しく見つめてくれてます。
    しばらく経って落ち着いた私は、会いに来てくれた父に感謝し、「あの世の居心地は?」 「母に何かメッセージは?」 それらに全て応えてくれて最後に、「今、私が始めようとしていることへのメッセージは?(至福学を始めようとしていた頃だったので)」と 聞きました。
    返ってきたのが、「前進あるのみ、応援している」でした。その続きを父が言おうとした時、私の力不足のせいかスーッと父が消え入りそうになります。

    私はあわてて、父にお願いしました。
    「このお父さんとの再会が、私の想像ではないという何か証拠を示してください」と、、、、、、、、。
    父はニッコリとうなずき 「プレゼント」 「黒猫」 という二つの言葉を残し、スーッと消えてしまいました。

    現実に戻り、半ば放心状態です。
    「父に会えたんだー」 懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいで、その夜はしばらく寝付かれませんでした。

    翌朝、父が残した二つの言葉 「プレゼント」 「黒猫」 が気になり始めました。
    この日、外出先々で、黒猫に関するシンボルや何かが、目に飛び込まないかと、キョロキョロしていましたが、別に何もありません。
    あと 「黒猫」 と言えば、、、、、、 そうです! クロネコヤマトの宅急便です。
    夕方帰宅。もしかしてクロネコヤマトの不在通知が、郵便受けに入っているかも!と、急いで覗いてみました。不在通知は入ってませんでした。
    次の日、この日も外出です。夕方帰宅。
    今日こそはと、一階の郵便受けを覗いてみました。不在通知は入ってません。
    「なーんだ」少々ガッカリしながら、エレベーターに乗ります。
    玄関に入った途端、ピンポンとエントランスのインターホンが鳴ります。急いでリビングに行き、受話器を取り、モニターを見ます。

    「宅急便です!」

    「どうぞ!」一階のオートロックを解除しました。
    ドキドキの数分間です。(マンションの高層階なので、一階のエントランスから部屋に着くまで数分かかります。)
    玄関のインターホンが鳴ります。 ドアを開けました。

    クロネコヤマトでした

    思わず心で「やったー!」と叫びました。

    重い段ボールの中身は、実家の食品会社の商品でした。
    今は、兄の代になっていますが、以前は父が二代目として(祖父が初代)、この会社を大切に育てていました。父にとって、一番思い入れのある品々がたくさん入ってます。送り主は母でした。
    私は段ボールの中身を、感慨深く眺めていました。

    暫くして、ふと思い出しました。
    この重い段ボールを受け取る時に、宅急便の人が言ったことを、、、、、、
    「一回目、エントランスでインターホンを押した時、不在でしたので(私がちょうどエレベーターに乗っていた頃)、不在通知を郵便受けに入れました。
    でもなぜか気になって、再度インターホンを押したら、いらっしゃったので(ちょうど私が玄関に着いた時)、良かったです。不在通知は破棄してくださいね」

    今まで数えきれないほどの宅急便の受け取りで、このようなことを言われたのは初めてです。
    ピンときました
    不在通知に、父からの何らかのメッセージがあるのでは、、、、、、、。

    急いで一階の郵便受けに行ってみました。
    不在通知が入っています。何か手がかりはないか、、、。
    不在通知をよくよく見ると、お届け日時、配達員の携帯番号に、同じ数字が並んでいます。
    見えない世界(潜在)などからのメッセージは、対話(テレパシー)のほかに、数字、シンボル、モノ、ひらめき、又人を介してやってくることが多いので、この時は、数字にメッセージが残されていると解釈しました。

    数字は8 (ドリーン・バーチューの「エンジェル・ナンバー」を参考にしています。0から999まで、それぞれの数字の意味が書かれています。)
    調べてみると「あなたが必要とするものは、すべて(特に人生の目的に必要なもの)無限に流れてくる」という内容でした。
    父と再会した時、途中で途切れた私ヘのメッセージの続きを、今聞いているかのようです。
    父からの熱いメッセージをエールと受け取り、今も私の心の支えとなっています。


    次回は、亡き人に会うシリーズで、 第4回 ≪私の夫を産んだ次の日に亡くなった姑。息子(私の夫)への熱い思いを聴く≫ です。
    夫の母親は、夫を産んだ次の日、難産が元で亡くなりました。母親の熱い思いをお伝えします。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第4回 ≪私の夫を生んだ次の日に亡くなった姑。息子(私の夫)への熱い想いを聴く。≫

    前回 私の亡き父との再会を載せました。
    今回も 大切な亡き人との対面です。
    「 会 い た い ! 」

    会いたい人、それは私の夫の母親です。私は、この日が来ることを、待ちわびていました。
     感動の対面のお話をする前に、なぜそれほどまでに会いたいのか、、、、、、、、
    その理由を、少し説明させてください。

    夫の母親が、看護師(28歳)をしてた時、双子を身ごもりました。
    臨月を迎えた11月、いよいよお産が始まります。終戦後、それほど年数が経ってなくて、医療もあまり発達してない頃の、双子のお産は、大変な難産となりました。
    やっとの思いで産まれた、最初の赤ちゃんは死産。次に産まれた私の夫も、仮死状態だったようです。母親は昏睡状態、そして翌日、11月11日、母親は亡くなりました。

    あの頃、男手ひとつで、乳飲み子を育てるのは難しい時代でした。
    運良く、父親の兄夫婦(子宝に恵まれなかった)の養子として、育てられる事になりました。
    目のくりっとしたあどけない(あの頃は)夫は、養父母に愛され、大切に育てられました。
    夫が養子だと知ったのは、20歳を過ぎてからでしたが、信頼関係がしっかりできていたのか、事実を聞かされても、そんなにショックではなかったようです。

    しかし、未だに夫は(本人はわからないようですが)、たまに寝言で、「お母さん、お母さん、、、、」と、まるで、見えない実母を探しているかのようにささやくことがあります。そして、これは一種のトラウマなのでしょうか?家でひとりになるのを、嫌がります。だから私が、個人の用で出かけるときは、夫もスポーツクラブやその他で出かけます。
    そして夫は酔うとたまにですが「俺が、弟と母親を殺したようなものだ(二人を犠牲にして自分だけが生き延びた)」とポツリと寂しそうに言うことがあります。

    そんな夫を見るたびに、亡き人に会うことが可能になったら、私は夫の母親に会いたい!そして願いを一つ、聞いて頂きたい!と切に思っていました。
    夫の母親に会いたい理由は以上です。

    深い瞑想状態で、私の父親の時と同じように、何回かトライしました。
    そして、ある夜、突然その時がやって来ました。
    「○○さん、○○さん(母親の名前)、是非お会いしたいです」何回か呼びかけたとき、突然目の前に、見覚えのある(28歳当時の写真)、若いお母さんの姿が、スーッと浮かび上がりました。
    「△△さん(夫の名前)のお母さんですね? 初めまして! お会いしたかったです・・・・・・・・」
    挨拶を終え、やっと会えてホッとした私にお母さんは「いつも見守っています。息子の面倒をみてくれて本当にありがとう。感謝します。」と私を優しく見つめてくださいました。

    「お母さん、ひとつお願いがあってここに来ました。これからも私は△△さんに寄り添い、最期もしっかり看取ります(夫より私が長生きした場合)。そして△△さんが亡くなったら・・・・・・・・・・
    △△さんは、お母さんにとても会いたがっています。だからその時は、一番に△△さんを迎えに来てくださいますか?待っててくださいますか?」と尋ねました。
    その時です! 穏やかで、優しく私を見つめていたお母さんの顔、姿が一変しました。

    「受け取ります!」

    そう言うと、お母さんは、突然両手の平を上に向け、前に強く突き出しました。必死の形相です。

    一瞬、私は、お母さんの言葉とその行為の意味がわかりませんでした。
    「えっ?何ですか?」

    お母さんは、繰り返します。

    「受け取ります!私の子供です。私の子供を抱きたい!受け取ります!!!」

    『あっ!そういうことか!』 意味がわかりました。
    お母さんにとって、夫は未だ産まれたばかりの赤ちゃん、一度も抱くことが出来なかった我が子です。この手で受け取り、抱きしめたいのです。
    おだやかに、のんきに、「えー待ってますよ」ではないのです!!

    「あー そうなんですね」私も同じ母親として、お母さんの想いが、痛いほどわかります。
    「そうですよね。 そうですよね。お母さんのお気持ち、よくわかります」私は涙が止まりませんでした。
    しばらく沈黙が、続きました。

    「今日はお会いできて本当に良かったです。△△さんに伝えておきますね」
    「ありがとう。これからも見守ってますよ。息子をよろしくお願いしますね」お母さんは、おだやかな姿に戻っていました。

    翌朝、起床した夫に、涙ながら昨夜の出来事を話しました。夫も目を潤ませています。
    少ししんみりとなってしまったので、私は夫にふざけてこう言いました。
    「あなたって幸せものよねー。この世では女房に大切にされ、あの世に戻ったら、お母さんに愛され、大切にされてー」
    「あー 俺は幸せ者だ」夫はティッシュで、目頭を押さえながら、そうつぶやきました。


    次回は引き続き、夫の母親の話です。 第5回 ≪2011年11月11日 命日に亡き姑が突然現れ「息子に伝えて」と私にメッセージを ≫ です。

    今回、夫の母親に初めて会って、我が子への熱き想いを書きました。私も母親として、産まれたばかりの我が子と別れなければいけないこの辛さ、苦しさを思うと、胸が今まで以上に痛んでいました。
    そして、夫が酔った時にたまに言うセリフ、「俺が母親と弟を殺したようなものだ。(二人を犠牲にして自分だけが生き延びた)で、うかがい知れる夫の心の痛み。
    そして、ひとつの疑問。それは、それだけ我が子に熱い想いを寄せていると、囚われの世界にお母さんは留まっていて私とは会えないはず。でも私は会え、、、、、、、、、、、、、、た。 なぜ?

    以上の夫婦の心の痛みや疑問を抱えていることを、お母さんは気遣われたのでしょうか?
    2011年、11月11日、命日にお母さんが突然現れました(浮かびました)。そして私にメッセージを!


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第5回 ≪2011.11.11 命日に亡き姑が突然現れ、「息子に伝えて」と私にメッセージを≫

      今回は ≪2011.11.11 命日に亡き姑が突然現れ、「息子に伝えて」と私にメッセージを ≫ です。
    私たち夫婦の心の痛み、疑問(前回の最後に書いてます)を気遣ったのでしょうか?
    姑が、命日に突然現れ(浮かんだ)メッセージを残した話です。

    今回は、前回の続きのようなものです。「天海未彩の不思議体験記」を初めて読まれる人は、是非、前回の第4回 ≪私の夫を産んだ次の日に亡くなった姑。息子(私の夫)への熱い想いを聴く ≫を先にお読みください。

    では、本題に入ります。
    2011年、11月。10日から11日に日付が変わった頃の出来事です。
    私はその時瞑想中で、静寂な無の時間に浸っていました。
    内観する。自分を見つめる。貴重な時間です。

    その時、突然、寝ている夫の肩を、優しくさする夫の亡き母親の姿が見えました(浮かびました)。
    『あっ!お母さんだ―! 突然どうして? そうか最近(夫が)肩が痛いと言ってたから お母さんが案じて、来られたんだー』そう思い、暫くその情景を、ちょっぴり感傷的になって眺めていました。

    ふと、 『うん?今日は何日? 11日? えっ? 11月11日? あっ! お母さんの命日だ!!』と思った瞬間、お母さんが、私の目の前にスーっと現れました(浮かびました)。
    「お母さん、お久しぶりです。今日、命日ですね」と話しかけると、お母さんは、ニッコリうなずき、「二人に話があります。△△(夫の名前)が産まれた日のことで、、、」
    私は緊張しました。 「 何でしょうか?」

    お母さんは、静かな口調で話し始めました。

    「あの日、、、、、、、、△△が仮死状態で、私が昏睡状態だった時、、、、、、、気づかされたのです。
    生き残るのは一人だけということを、、、、、、、、、、」

    昏睡状態の時、お母さんに何らかの啓示があったのだと思われます。
    お母さんの話は続きます。
    「私は必死でお願いしました。 どうか息子を生かしてください! どうか私ではなく、息子を生かしてください! お願いします! お願いします!! そして願いは叶いました。
    だから私は本望なんです。 息子をこの世に残せたこと、、、、、、、とても嬉しかったのですよ。
    私は喜んで、あの世に戻りました。」

    お母さんの顔は、とても満足そうでした。

    「えーっ そうだったのですか!?」私はビックリしました。
    「そういうことだったのですか、、、、、、、、私もお母さんの立場だったら、当然そうお願いすると思います。 お母さんの願いが聞き届けられたのですね」

    「えー」 ニッコリとお母さんはうなずきました。

    『 そうかー そうだったのかー 』 安堵しました。

    『 だから、お母さんは囚われの世界、執着の世界ではなく、スーッっと成仏できたんだ!そうかー良かった!お母さん良かった! 』 心の痛みが癒えていきます。

    話題を変え「ところでお母さん、今日は命日ですね。何が食べたいですか?(お仏壇に、生花はいつも供えているので食べ物で)」と尋ねると、お母さんは恥ずかしそうに「おはぎ」と一言。
    「えっ?おはぎでいいのですか?何だかお彼岸の定番って感じですが、、、わかりました。
    では飲み物は何にしましょう?」
    「お水で結構です。」と小さな声。
    「えっ?お水でいいのですか?」その時、時代とお母さんの謙虚なお人柄を感じました。
    お母さんが亡くなったのは、終戦からそんなに年月が経っていない頃です。今のように溢れるほどのスイーツ、飲み物はなかったのです。 『なるほどー』 納得しました。
    「ではお母さん、おはぎとお煎茶でいかがでしょうか?」
    「はい!」 ニッコリ笑顔のお母さんです。

    おだやかな時間が流れました。

    夜が明けて、起床した夫と私の母(上京し、10日ほど我が家に滞在)に、この出来事を話しました。
    午後、私用で出かけた私は、おはぎをデパートで買い、夕飯の食材をとマンションのすぐ目の前のスーパーに立ち寄りました。 そこで私の母とバッタリ! 母の手には、おはぎがあります。
    私もデパートの袋を見せ、二人してニッコリ。その日のお仏壇には、たくさんのおはぎが供えられました。


    次回も亡き人、いいえ、亡き人たちシリーズです。第6回≪夫の実家、今は空き家、
    いよいよ処分の前日、親せき一同集合。その時亡くなった舅、姑、叔父、叔母も集合。皆で仲良く記念撮影!?そしてその夜、亡き舅が私にメッセージを≫ です。
    写真には、日常見えないものが写り込むことがあります。どうせ写るのなら、おどろおどろしい心霊写真ではなく、幸せやプラスのパワーを与えてくれるようなものがいいですね。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第6回 ≪夫の実家、今は空家、いよいよ処分の前日。親戚一同集合。
    その時亡くなった舅、姑、叔父、叔母も集合。皆で仲良く記念撮影!?そしてその夜、亡き舅が私にメッセージを。≫

    今回の天海未彩の不思議体験記は、見えないものが写真に写り込み、そして亡くなった方達からのメッセージを受け取った時の出来事を書きました。

    おどろおどろしい内容では無く、心温まる話ですので、安心してお読みください。

    それは夫の実家にまつわる話です。

    夫の育ての両親も亡くなり、実家は空き家となり、数年が経ちました。
    〇〇家の本家の長男である夫は、思い入れのある家と庭を何とか残しておきたいと考えていました。

    しかし 私達も、子供達も東京在住で、そこへ戻る可能性は全くありません。しかも空き家のままでご近所に何かしら迷惑をお掛けすることになったら大変です。

    2011年、夫は決心しました。手離すことを、、、、、、、、、、

    そして2011年、3月初旬、家を取り壊す前日、実家に大変縁があつた夫の身内が、実家に集合しました。
    思い出話に花が咲き、最後は持参した大きな額(亡き育ての両親、表現が変ですが亡き産みの両親、亡き叔母それぞれが、元気だった頃のスナップ写真を数枚入れたもの)を前に、全員で記念撮影をしたそうです。

    従兄弟とは、世話好きの叔母様が亡くなってからは、疎遠になり、一時は険悪なムードになっていました。でも和気あいあい、それはそれは和やかな雰囲気だったと、帰宅した夫が、とても嬉しそうに報告してくれました。

    そんな夫の姿を見て、私はピンときました。

    きっと写真に何かが写っている、、、、、、、、
    亡き人達からの何かメッセージがあると、、、、、、、、、、、。

    すぐにデジカメをチェックしました。
    一枚、 また一枚、、、、、、、、、、

    「 あっ これ! あなた見て! 見て!! 」

    私は興奮して、夫を呼びました。

    その一枚の写真とは夫が額を胸の前に置き、全員が並んで写ってる集合写真です。
    そこには、全員が満面の笑み、そして、、、、、、、、、

    何と!!

    人と人との頭の間に、ちょうど頭大の大きなオーブ(スピリチュアルでは精霊、エネルギー体と呼ばれ、白っぽく丸い形)がひとつ、写り込んでいました。
    まるで、亡き人達の魂がひとつとなって、皆と一緒に記念写真を撮ったかのようです。
    その写真を見た主人も思わず、「すごーい!」としばらく見入っていました。

    そしてもう一枚ありました。

    お仏壇(今は我が家にあります)があった和室を、庭から撮った写真です。
    薄暗く写ってる和室の真ん中に、大きくて、きれいな菱形をしたモノが、ピカッと光り輝いています。
    「この光は何だろうねー?」 二人して首をかしげました。

    翌日、家は取り壊され、更地となりました。

    その夜、就寝前、いつも通り、瞑想しました。余計な、思考しない、この無になる感覚が、私は大好きです。
    暫くして、突然 私の前に、夫の亡き育ての父、その右に育ての母、その斜め後ろに産みの両親、そして叔母が現れました(浮かびました)。
    「えっ!」 一瞬ビックリしました。

    「△△(夫の名前)に伝えてほしい。」と夫の育ての父が少し緊張した面持ちで(生真面目な人でした)、私に話しかけられました。そのほかの人は、皆ニコニコと私に笑顔を向けてくれています。

    「この度、実家を取り壊すにあたって、△△が、胸を痛めてたようだが、気にすることはない。形あるものは、いつか必ず無くなっていく。 但しそこに宿る魂は不滅。いつまでも残っている。いつまでも、、、、、、、、、、、」

    「わかりました。お義父様の、そのお言葉で、△△さんも救われます。ありがとうございます」私は安心し、そして尋ねました。

    「それで、、、、、、、写真に写り込んでいたあのオーブ、、、、あれは皆さんだったのですか?」

    そう尋ねると、育ての父は、ニッコリし、そして他の人達も、満面の笑みとなり、
    「そうだ。久々に皆が集まり、和やかな雰囲気だったので、我々も嬉しくなって全員集合した。良いひとときだった」と。

    疎遠になった親戚が、久々に集まり打ちとける



    それを見た亡き人達が、嬉しくなって集まってくる



    そしてその亡くなった人達のプラスエネルギーが、
    集まった人達にまたプラスの影響を与える

    相乗効果が、あのより和やかな雰囲気を、創り出したのだと私は納得しました。
    暫くして、皆さんは、私に笑顔を残し、フーッと消えてしまいました。

    「今夜は調子いいぞ!」 (いつも、見えたり、メッセージを受け取るとは限らないので)
    調子にのった私は、ひとつ、気になっていたことを質問することにしました。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    続けてお読みください。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第7回 ≪夫の実家、今は空き家、いよいよ処分の日。その時、家の守り神が、私に告げたこと。そして直後 大地震が。≫

    再び、深い瞑想状態に入ります。

    「写真に写りこんでいた、あの綺麗な菱形の光は何ですか?」闇に向かって、投げかけます。

    暫くすると、フーッと、あの綺麗な光が現れました(浮かびました)。
    光がとても眩しいです。目はつむっているのですが、、、、、、。

    「私は、あの家の(実家)の守り神(守り主)です。今まであの家を守ってきました。
    でも今日で役目は終わりました(今日、実家は取り壊された)。 私は戻ります。」

    そうメッセージを残すと、何と!我が家にあるお仏壇(実家から持ってきた)の中に、
    スーッと入って行き、消えてしまいました。

    『あーそういうことだったのか! 何年も空き家だったのに(もちろん、定期的に手入れ、管理はしてきましたが)、アクシデントも無く、ご近所に迷惑かけることもなく来れたのも、この守り神(守り主)様の御蔭だったのか』

    私はそう理解しました。

    そして数日後の3月11日、あの大震災が起こりました(震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します)。
    関東圏ではあったものの、実家があった地域もかなりの被害を受けました。
    もしまだ家があって、ご近所に迷惑をかけることになってたら、飛んで行かなくてはなりません。
    でも、震災直後、ガソリンはなかなか手に入りにくく、片道(高速道路を利用しても)2時間はかかる実家に、何回も往復するのは、不可能な状況でした。
    あらためて、あの光の守り神(守り主)様のお力を感じた次第です。

    以上です。

    皆さんも、もし、思い出深い住まいを、手離さなければいけないことがあったら、
    感謝の念で、写真を撮っておいてください。きっと何らかのメッセージが、写真に写り込んでいると思いますよ。

    次回は、亡き人ではなく、生きてる人、それも生まれたばかりの赤ちゃんの魂と交信した話を、シリーズで書いていきます。

    日本でのヘミシンク第一人者、坂本政道さんと今春、お会いした時に、尋ねてみました。
    「ヘミシンク体験記を書いている人は、たくさんいらっしゃいますが、赤ちゃんと交信したという話を聞いたことはありますか?」 すると
    「ヘミシンクで赤ちゃんと交信するのは可能でしょうが、まだ具体的な話は聞いたことがないです。」と言われました。

    そこで! 先がけて!!

    私が体験した赤ちゃんの魂との触れ合い、エピソードをシリーズで、紹介していきたいと思います。

    次回は、第8回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く。シリーズA-1 「前世はどんな生活をしていたの?」 「現世でやりたいことは?」など、全て答えてくれました。≫

    お楽しみにーーーーー!!


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第8回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く シリーズA-1「前世はどんな生活をしていたの?」「現世でやりたいことは?」など、全て答えてくれました。≫

    日本でのヘミシンク第一人者の坂本政道氏にお会いした時、尋ねてみました。

    「ヘミシンクでの色々な体験を書いている人は多いですが、赤ちゃんと交信したというお話を聞いたことがありますか?」
    すると 「赤ちゃんと交信するのはヘミシンクで可能だと思いますが、まだ具体的な体験談を、聞いたことはないですね」 ということでした。

    そこで! 先がけまして!!

    今回は≪赤ちゃんの魂の声を聴く≫をシリーズ(全4作)で紹介したいと思います。

    以前、ある人から「赤ちゃんはまだこの世(現世、三次元)に染まってなくて、あの世に近い存在です」と聞いたことがありました。ということは、深い瞑想状態で赤ちゃんの魂と交信できるのでは!?と興味津々。
    幸いその年の6月に孫(女児)が誕生したばかりで、この孫と交信できたらどんなに楽しいだろうと、ワクワクしながら早速試してみたのです。

    深い瞑想状態、無時間の世界で、何回かチャレンジし、ある日突然交信が始まります。

    「〇〇ちゃん(孫の名前)、〇〇ちゃん!」と呼び続けました。
    すると突然 私の目の前に、真っ白いエプロンドレスに真っ白いサンダルを履いた5歳くらいの女の子が現れました。髪の毛は、黒色ですが巻き毛で、ミニブーケを両手で持ち、立っています。
    (魂はエネルギー体です。〇〇ちゃんはまだ生まれたばかりですが、こちらにわかり易いように変身してくれたようです)

    「おばあちゃま」 ニコニコしながら、その女の子が私に近づいて来ます。
    私は目線を合わせようとしゃがみました。
    すると「おばあちゃま、どうぞ!」と言って、その女の子は私にミニブーケを渡し、小さな両手で私をハグします。
    その慣れた仕草(理由はあとで解ります)に一瞬戸惑いながら、私も「〇〇ちゃん」と言って抱きしめました。

    しばらくして「〇〇ちゃん、前世(現世のひとつ前の過去世)ではどんな生活をしてたの?前世のパパやママはどんな人だった?」と聞いてみました。

    すると白い壁の洋館で、真っ白いエプロンドレスに白いサンダルを履いた5歳くらいの女の子がピアノを弾いているビジョンが見えました(わかりました)。
    (変身姿は、どうやら前世の5歳の時の姿のようです。)

    そして次々とスライドショーのようにビジョンが変わっていきます。

    要約するとこうです。
    時代は明治か大正の頃、父親は白人、母親は日本人。
    父親が仕事で来日した時、母親を見初め、結婚したようです。5歳の女の子が私にミニブーケを渡したり、ハグしたりしたのは、こんな環境で育ったからなんだと、この時、納得しました。
    (その後2歳の頃まで〇〇ちゃんの髪は、(身内に誰一人、天然パーマの人はいないのに)クルクル巻き毛です。前世の名残りがこんなところに表れてるのかなー!?神秘的だなーと感じます。)

    次の質問です。
    「〇〇ちゃんは、ママ(〇〇ちゃんの現世の母親、私の娘)のお腹にいつ入ったの?」
    おかしな質問に聞こえますが、肉体は受精した時ですが、魂はあとで入るらしいので、聞いてみました。
    すると今度は、京都らしきビジョンが見えます(わかります)。 そして次々スライドショー。

    これも要約するとこうです。
    2009年冬、場所は京都の東山区にある青蓮院。(国宝で、仏画の青不動様の初のご開帳ということで、当時話題になり、私も参拝しました)
    その場所で、〇〇ちゃんの魂は、両親を探して(選んで)いたようです。
    (なぜ京都なのかは、前世の母親がどうも京都出身だったらしい。ではなぜ青蓮院なのかは、後述します)

    そして参拝に訪れた妊娠四か月の私の娘と、娘婿に出会ったようです。
    この二人なら、現世でやるべきこと(前世でやり残したこと)を理解し、手助けをしてくれると思い、その時、娘のお腹に、〇〇ちゃんの魂が入ったようです。

    最後の質問です。
    「〇〇ちゃんの現世でやるべきことはなーに?」
    こちらも要約すると、〇〇ちゃんは、前世で、成人してからは、世界各地で慈善活動のようなこと?今でいうJICAのような?仕事をしていたらしい。
    ただ時代が、時代だっただけに、思うように活動できなかった。
    だから現世で思いっきり羽ばたきたい!ということのようです。

    「 なるほどねー」 私はうなずきました。

    そういえば、〇〇ちゃんがまだ娘のお腹にいた頃、娘婿が「今後は男女に限らず、国際的な仕事をしていくのもいいですね」と言っていたことを思い出しました。

    〇〇ちゃんには、無限の可能性があることを理解しつつ、これからも〇〇ちゃんの成長を温かく見守っていきたいと思います。


    ◇◇◇後日談◇◇◇
    2歳になったばかりの〇〇ちゃんに、娘婿は、日本語にとらわれず、外国語に耳 を慣らせておいた方がいいと、英語の絵本や、ビデオを時々見せています。
    〇〇ちゃんと交信した内容を娘婿は知らないのですが、、、、、、、、、、。
    「これって、〇〇ちゃんの魂が導いているのかなー」と娘と私は笑います。

    〇〇ちゃんは物心ついた時から、色はとにかく青色が好き。歩いていても、青色を目ざとく見つけては指さし、「青ちゃん」と言ってご機嫌です。
    今も眠い時など「青ちゃん、青ちゃん」と青色の使い古したタオルが手離せません。
    これって、青蓮院の青不動様の影響でしょうか?

    私は心理&スピリチュアルカウンセラーともうひとつ、九星気学(方位学)の鑑定、アドバイザーをしています。
    〇〇ちゃんの先天運(奥さん・結婚・勤め運、 お金運、 旦那さん運、 名誉運、 部下・家庭運、 事業運、 発展運、 子供・財産運の潜在的な強弱がそれぞれ解る)を最近調べてみました。
    女性としてはかなり特殊な運の持ち主だったのでビックリ!
    将来 どんな道に進むとしても、温かく見守り、応援したいとあらためて思った次第です。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第9回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く シリーズA-2≫ 「ありがとう」と突然言われて、「えー!そうだったのか!」・・・・・・

    〇〇ちゃんの魂が導いたのかなーと、私自身感じた出来事を、ひとつ紹介します。

    〇〇ちゃんとの交信が楽しく、ふたりは、異次元の世界でよく会っていました。
    ある日、〇〇ちゃんが私にニコニコしながら「おばあちゃま、ありがとう」と言いました。

    「 ? ? ? ? ? 」

    それは〇〇ちゃんの名前に関してのことのようです。

    〇〇ちゃんがまだママ(私の娘)のお腹にいた頃、超音波で女の子とわかり、早速 名前を考え始めました。名付けは夫婦、お舅さん、大姑さんが相談して決めてくださるので、私はどんな名前になるか楽しみにしていました。

    ところが漢字三文字の名前の、上と下の漢字は確定しているのに、真ん中の 漢字一文字が、なかなか決まらないのです。
    「色々調べてるのだけど、しっくりこないの」と娘がポツリ。

    その時 私は思わず、「ママ(私)もちょっと調べてもいい?」と厚かましくも 言ってしまいました。
    それから私は、良い画数の漢字一文字を、色々当てはめた上、呼んだ時の響きや書体の美しさなどもチェックしていきました。

    そして最終的に残ったのが 「 △彩△ 」 で、名前はそれに決まりました。

    どうやらこの 彩 という真ん中の漢字一文字について、〇〇ちゃんは私に「ありがとう」と言っているようなのです。

    「ありがとうってどういうこと?」私は〇〇ちゃんに尋ねました。
    すると「ここで遊ぶのが(ママのお腹に入るずっと前に)大好きだったの。だからおばあちゃまが、彩を名前に入れてくれて嬉しかった。だから ありがとう!!」

    「 ? ? ? 」 さっぱり意味がわかりません。

    彩 彩 彩、、、、、、、と考えていくうち、 彩 から 虹のビジョンが浮かびました。
    「彩 って虹のことなの? 〇〇ちゃんは虹で遊んでいたの?でもね〜
    天使などは、よく雲と戯れているイメージだよね。だから〜〜。う〜〜〜ん」と私。

    すると「そのうちわかるよ」といたずらっぽい目で私を見つめ、しばらくするとニコッと笑顔を残し〇〇ちゃんは消えてしまいました。

    「そのうちわかるよ」と言ったこと。
    その言葉通り、二日後、ありがとうの意味がわかったのです!!

    それは朝刊(読売新聞)を読んでいた時です。一面トップに掲載されたカラー写真に、釘づけとなりました。
    それには、青く澄んだ夏空にパステル調の七色の雲が写っています。

    タイトルは 「 夏の空 虹色の雲 」

    こんなきれいな雲を見たのは初めてです。記事を読んでみると、、、、、、

    虹のように色づいた「 彩雲 」が・・・・・・・・・ で文章が始まります。

    このような虹色の雲のことを、彩雲と呼ぶのだそうです。鳥肌が立ちました。

    『〇〇ちゃんは、彩雲で遊ぶのが好きだったのかなー。そして何よりも、こんなきれいな彩雲を、私に見せたかったのね。』と、胸が熱くなりました。

    この時の写真と記事は、切り抜いて額に入れ、今も部屋に掛けてあります。

    ちなみに彩雲を見ると幸せになれると、言い伝えがあるそうです。

    インターネットで、 ‘彩雲 著述業渡瀬草一郎‘ と検索すると読売新聞に掲載された彩雲の写真が見られました。
    しかし確認のため昨日検索したら、文章だけでした。残念です。
    ‘彩雲‘ と検索して、色々な彩雲を見ましたが、掲載された写真より美しい彩雲にはまだ出会ってません。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第10回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く シリーズA-3 激しく泣いた理由を尋ね、理解したら、安心したかのようにピタリと泣き止んだ≫

    穏やかで愛情いっぱい注ぐ両親の元で、〇〇ちゃんはスクスクと育っています。
    そんな中、よちよち歩きの頃、突然今までとは違い、反っくり返って激しく泣いた時がありました。

    「こんな時もあるよね」と思っていましたが、折角 交信できるのだから、理由を聞いてみよう!と思い立ちました。

    瞑想状態で、〇〇ちゃんの名前を呼びます。すぐに現れましたがいつもの元気はありません。ションボリとしています。
    (まだ前世の時の5歳の女の子に変身しています。)

    「〇〇ちゃん、この間、いつもと違って激しく泣いたよね?何があったのかな?」と優しく聞くと
    「 戸惑っている 」 と小声で一言。
    「戸惑っている? どういうこと???」

    要約するとこういうことでしょうか
    異次元の空間で、自由に飛び回っていた魂が、突然、肉体という窮屈な衣に押し込められた。
    肉体の寝ている状態にやっと慣れてきたかと思えば、今度は歩き始める。それもその歩みはよちよち歩き。とても自由には飛び回れない。
    例えるなら、普段ラフな服装で自由に歩いていたのに、突然、重い着ぐるみを着せられてしまった。
    今までと違って、思うように行動できないもどかしさ、苛立ちで、ついカッとなり、わめいてしまった。
    そんな感じだったようです。

    「まだ 肉体に慣れてないの、、、 もう少しだけ待って。 慣れるまで待って」と〇〇ちゃん。
    「そうかー なるほどねー 〇〇ちゃんも大変だー。 よーくわかったからね。慣れるまで待ってるから大丈夫よ。ママにも伝えておくからね」とピースサインの私。

    翌日〇〇ちゃんのママ(私の娘)に伝えました。
    理解したママは、早速〇〇ちゃんに話しかけます。しっかり〇〇ちゃんの目を見つめながら「おばあちゃまから聞いたよ。〇〇ちゃんが慣れるまでママ待ってるから。ずーっと待ってるから。だから安心していいよ」と。

    すると 何と! 話しかけたその日から、あの激しい泣き方はピタリとおさまりました。

    理解してもらえたという安心感からなのでしょうか、、、、、、、、、

    見た目はまだ何もわからないような赤ちゃん、でもそれは、肉体という衣をまとってるがための錯覚で、覆い隠されている魂は一人前です(魂のレベルはあるようですが)。

    じっと赤ちゃんの瞳を見つめてください。
    きっと何か、気づくことがあるかと思います。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第11回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く・シリーズA-4 赤ちゃん 緊急入院! その時魂は?・・・・・・・・・≫

    〇〇ちゃんと交信し、色々なことを教えてもらったり、気づかされました。
    その都度、〇〇ちゃんのママ(私の娘)に報告し、時には検証し、ピタリと当たっていて、ママがビックリしたことも何回かあります。
     ただ、〇〇ちゃんが片言で、少しでもおしゃべりできるようになると、交信しづらくなり、暫く交信を止めていました。

    そんなある日、〇〇ちゃんが緊急入院してしまったのです。
    高熱によるけいれんで、意識がなくなってしまったのです。熱性けいれんというのは、比較的 乳幼児には多いそうですが、〇〇ちゃんの場合、けいれんがおさまらず、熱性けいれんではないのでは?ということでした。
    ひょっとして、先天的な病気?

    幸い意識はしばらくして戻りましたが、微熱が続き、そのまま入院、検査、検査の毎日でした。
    小児病棟の病室は、両親以外立ち入り禁止で、私は〇〇ちゃんに会えません。
    24時間完全看護ではありますが、乳児ということで、娘は病室に寝泊まり。〇〇ちゃんのそばにずっと付き添っていました。私は、時々、面会室で、娘から経過を聞くことしかできません。

    久しぶりに、〇〇ちゃんと交信しよう!と思い立ちました。今どんな状態なのか、どんな思いでいるのか、知りたかったのです。

    交信しづらかったのですが、しばらくすると、「おばあちゃまー!」と声が聞こえてきます。
    目の前に現れたのは、大きなシャボン玉のような感じ、でも質感はゴムまりのような、丸い形をしたものがひとつです。(以前のように、少女に変身するのではなく、原型に近い姿で現れたようです)
    それが、宙をポンポン跳ねたり、クルクル回ったり、とてもエネルギッシュに動いてます。

    それを見た私は嬉しくなって思わず「〇〇ちゃん、元気になったのね。良かった!!」と叫んでしまいました。
    でも、よくよく考えると、病んでいるのは、肉体という衣。そこから抜け出したこの魂は、元気のようです。

    「あーらくちん、らくちん!」と球体の〇〇ちゃん。
    「大変だったね。かわいそうに、、、、、、、」と私が話しかけると、「ママに迷惑かけた」とポツリ。
    「ううん、〇〇ちゃんのためだったら、ママは一生懸命。迷惑なんかじゃないよ。〇〇ちゃんが一番辛かったんだもの、、、、、、、 それでどうなの? 肉体の方は? 落ち着いてきた?」
    「うん!元気になってきてるよ。」 「そうなの? 良かったー!!!」

    この時、私と〇〇ちゃんの魂は、病室の天井あたりにいたようで、一つのベッドに、左に〇〇ちゃん、右にママが向き合って寝てる姿を見下ろしながら、話をしていました。

    点滴の針をつけた痛々しい姿の〇〇ちゃんを見て、「そうだ!〇〇ちゃんの肉体、ずっと寝てばかりで辛そうだから、さすってあげたいな」と私。 「うん! そうしよう!!」そう言うと〇〇ちゃんの魂は突然、球体から〇〇ちゃんの姿に変身。
    寝ている〇〇ちゃんの体を、もう一人の〇〇ちゃんとおばあちゃんが、さすっているというとても奇妙な光景となってしまいました。

    しばらくして「ママは、最近腰が痛いって言ってたよ。ママの腰もさすってあげようか」と提案し、今度は、ママの腰を二人で、ナデナデです。
    「パパはずっと一人で、お家でお留守番してるから、寂しがってるよね。」と言うと、「だから パパの所にも行って、頭をいい子、いい子って撫でてあげてるの」と嬉しそうに〇〇ちゃん。
    「そうなの? 偉いねー よく気がついたねー」

    二人の会話は続きます。

    どれ位、時間が経ったでしょうか、、、、、、、
    「〇〇ちゃん、おばあちゃまそろそろ帰るね」と言うと、「うん、またね!私はもう少しここで、らくちんしてる」と、元の球体に戻った〇〇ちゃんは、クルリ、クルリと回りながらはしゃいでいました。

    『 もう 大丈夫!! 』 その時そう確信しました。

    翌日、娘に報告するため、病院に向かいました、
    話を聞いた娘が驚いています。「そういうことだったのね! 朝、〇〇ちゃんが目覚めた時、ばあば、ばあばって呼びながら、おばあちゃまを探している感じだったの。夢でも見たのかなと思ってたけど、なるほどねー 夜中に交信してたのを〇〇ちゃんも感じてたのね」と納得した様子。

    検査結果が出ました。 どこも異常なし!!

    しばらくして、〇〇ちゃんは元気に退院しました。


    次回は、第12回 ≪今(現世)なぜK氏と出会った!? 二人で検証。関わりあった過去世を知ることで納得。そして新たな展開が、、、、、≫ です。

    私は今まで様々な体験をしてきましたが、過去世に関する体験も大変興味深いものです。
    その数ある中で、一例を紹介します。
    K氏は、霊能力がある人で、私が体験したことが、本当に当たっているのか、検証してもらったという点でも興味深いと思います。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第12回 ≪今(現在)なぜK氏と出会った!?二人で検証。 関り合った過去世を知ることで納得。そして新たな展開が‥‥≫

    私は、これまで深い瞑想状態で、亡き父や姑からのメッセージを受け取ったり(その後 メッセージの内容が現実に起きました) 、出会ったことのない人が突然浮かび上がり、『誰だろう?』と不思議に思っていたら、翌日 実際に出会い、恩恵をこうむったり、又 赤ちゃんとの交信で、色々なことを学んだり、私自身の寿命がわかったり等 と様々な体験をしてきました。

    これからもどんな体験をするのか楽しみです。

    そんな中で、過去世に関する体験も大変興味深いものです。
    今(現世)に関わる過去世を知ることで、今 何をすべきか(使命 役割)理解でき、より充実した人生を送ることができたり、 親しい間柄の人との過去世での関わりを知ることで、今の関係が理解できたりと、大変役立ちます。

    私はこれまで 自身の様々な過去世を知りました。
    併せて 家族や親友、なぜか気になる人の過去世での私との関わりをも調べてみました。

    ”人との出会いや出来事は全て偶然ではなく、必然” といわれますから、、、、、、、、

    数ある中で、一例を紹介します。
    その人は、霊能力がある人で、私の体験したことが、本当に当たっているのか検証してもらったという点で、より興味深いと思います。

    その人 K氏との出会いは、昨年 某会場で、たまたま話をしたのが始まりです(たまたまではなく、これも必然だったのでしょう)。
    K氏は会社員でしたが、リーディング(霊視とも呼ばれ、対象者が質問した内容に関することがビジョンとして浮かぶ)が出来る人でした。
    この日は2〜3言葉を交わしただけだったのですが、その後もなぜかバッタリ出会うのです。
    そして興味本位で、リーディングをしてもらいましたが、その内容があまりに的確で驚きました。

    私には、見えない世界のことがわかる、いわゆる占い師や霊能力者と呼ばれる人で知り合いはいますが、K氏はその中でも数少ない信頼できるひとりになりました。

    ある日 K氏は私に言いました。「同じ心を持つ人にやっと会えた。やっと出会えた。嬉しいです」と。
    私も漠然とではありますが、なぜかK氏の心が理解できるのです。

    K氏の存在が気になり始めました。

    『どうしてこんなに気になるのだろう?過去世で何か関わりがあったに違いない、、、、、、』

    早速 過去世を調べてみることにしました。


    深呼吸し 深い瞑想状態に入っていきます。
    しばらくは何の変化もありません。 精神を統一します。

    すると突然 遠くから歌声が聞こえてきます。

    松島のサーヨー 瑞巌寺ほどの寺もない トーエー ♪♪
    アレワエー エエ エイト ソーリャー 大漁だ エー ♪♪♪

    これは松島の民謡の「斎太郎節」のようです。
    しばらくして 歌声は聞こえなくなり、次にひとつのビジョンが浮かんできました。
    (これは例えるなら映画館です。スクリーンに映しだされたものを観客席から見ているような感じです。)

    だだっ広い砂浜です。とても静かです。波が寄せては返し、、、、、、、、人っ子ひとりいません。木も船も遠くに民家も何もありません。

    私はなぜかとても悲しくて寂しい気持ちになりました。

    しばらく目を凝らしていると、小さな人影が見えます。
    それは5歳くらいの男の子(K氏のようです)、膝丈の着物を着ていて、わら草履を履いてて、しゃがみこんでいます。
    私は漁船の事故で両親を失い、ひとりぼっちになったのかな?と思いました。

    でも周りにあまりにも 何もないので気がつきました。
    あっ!津波だ!! 大きな津波で全てが失われたようです。そして男の子が生き残ったようです。
    (1896年 6月15日に発生した明治三陸地震のようです)

    すると遠くから、7歳くらいの女の子がやって来ます。
    やはり膝丈の着物を着ていて、でも裸足でした。
    どうやらその女の子は、私のようです。(この二人は姉弟ではなく、他人のよう)

    女の子は、男の子に近づくと、しゃがんでうなだれている男の子の手を握りました。

    「行ぐべ さあー 行ぐべ」と手を引っ張ります。

    男の子はうつむいたまま「行ぎだくねえー 行ぎだくねえー」と抵抗します。
    (そこは生まれ育ち、両親との思い出がたくさんつまった場所だから)
    女の子はそれでも手を離しません。「行ぐべ! 行ぐべ!! 行ぐしかねえべ!!!」

    ここに留まるということは、死を意味します。
    行くしかない 歩くしかない 可能性を求めて歩くしかない!! ということのようです。

    私が見た最後のビジョンは、その幼い二人が手をつなぎ、砂浜を延々と歩く後姿でした。

    その後どうなったのか、、、、、、、、、、
    いくら待ってもビジョンは浮かんできません。


    しばらくして 声が聞こえてきました(わかりました)
    二人の会話です(幼い二人というより魂同士の会話)。

    「これから二人 それぞれの道を歩む。万が一 この人生を全うできたら(死なないで生き延びたとすれば誰かに助けられたということ)、来世はご恩返しで、人様のお役に立つことをしよう。そして再会しよう。」と、、、、、、、、、、、、

    あー そうだったのか!

    深い瞑想状態から現実に戻った私は、全て理解しました。
    この幼子たちは、その後 誰かに助けられ、人生を全うしたようです。
    だから 今(現在 現世)、私とK氏はそれぞれの道で、微力ながら 人様のお役に立つ仕事をしていて、そして再会したようです。

    K氏が私に言った事、「同じ心を持つ人に、やっと出会えたようで嬉しい」の本当の意味が、過去世を知ることで理解できました。

    早速 K氏にメールしました。 ”過去世をみて色々わかりました。検証してください”

    後日 K氏と会いました。
    過去世の話をする前に、ひとつ尋ねました。

    私 「松島 と聞いて何か思うことありますか?」
    K氏 「松島 ですか? 行ったことはないのですが、なぜか無性に行きたい場所なんです。学生時代の頃から急に強く思い始めました」
    私 「行きたいって どんな感じですか?」
    K氏 「なぜか寂しくて辛いのですが、、、、、、でもとても懐かしいような、、、、、そんな感じがします」

    K氏は遠くを見るような目で、そうつぶやきました。

    私は心で『やった!』と叫びました。

    K氏の潜在意識の中に、過去世で故郷だった松島の記憶が、今も残っていたのですから。
    (余談ですが、K氏の唯一の趣味は釣りだそうです。過去世で父親は漁師でした。
    その影響でしょうか?)

    それから一気に過去世の話をしました。
    K氏は目をつむり、時々うなずきながら、彼なりに検証しているようです。

    話を終えると、K氏は深くうなずき「過去世の話は全て事実だと思います。ところで
    男の子がしゃがんでいた姿って、こんな格好でした?」と言うと、K氏はその場でしゃがんで、独特なポーズをしました。
    その姿は、私がビジョンで見たしゃがんだ男の子のポーズと全く同じです。
    「そうそう!同じです!」二人で笑ってしまいました。

    ふとK氏が真面目な顔になり、こう言いました。「天海先生は、私たちの過去世を見てくれたのですが、それと同時に今の私の心をも見たのですね」と。

    意味がよくわからなくて「えっ?どういう事ですか?」と聞きました。

    K氏の本業は会社員です。この特殊な能力(リーディング 霊視)のことは、職場では内緒で、時間のある時におこなっていたそうです。
    でも、この特殊な能力は、多方面にどんどん開花され、リピーターも増え、時間も取られるようになり、本業を辞めようかどうしようか、悩んでいたとのことです。

    特殊な能力を生かす道だけで、生活できるのか?不安だから今の場所に留まりたい。
    でも前にも進んでみたい、、、、、、、、と今 一歩が踏み出せない状態にいたと言うのです。

    「過去世の話を聞いて、天海先生に背中を押してもらったような気がします」と晴れやかなK氏です。

    若いK氏は、これからどのような道を歩むのでしょうか?
    でも一つだけ言えることがあります。
    それは人様のお役に立つという使命のもとに、謙虚で誠実なK氏の魂はどんどん磨かれ、充実した人生を歩んで行かれるということ。


    K氏のご健康とご多幸と更なる飛躍をお祈り致しております。

    (K氏の了承を得て投稿しています)


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第13回 ≪過去世を知った時 現世での使命が分かった!
    至福学を始めるキッカケにもなったこととは‥‥‥‥≫

    2010年の話です
    以前の私のように先が見えず苦しんでいる人に自分が幸せになれたように1人でも多くの人に幸せになってほしい!心豊かに生きてほしい!という思いが常にありました。(HP至福学「ごあいさつ」を読んでいただけたら幸いです)ただその思いは益々強くなっているのに具体的にどう動けばよいかわかりません。
    そんな時ふと私のこの世(現世)での使命は何だろう?知りたい!衝動にかられました。
    人にはそれぞれこの世での使命、役割があるらしいので‥‥‥‥‥
    瞑想状態でわかるかもしれないと心の準備を始めます。

    「今(現世)の私にもっとも深くかかわる過去世を教えて下さい」とアファメーション。
    深い呼吸そしてしばらくして深い瞑想状態に入ります。

    暗闇が突然真っ赤な景色に変わりました。

    メラメラとあちこち火の手が上がり、悲鳴や怒号の中、人々がパニック状態で右往左往しています。
    その中で牛車(高貴な方が乗られているようです)を誘導しながら20人位の一行が足早にその場を去ろうとしています。

    女性たちは壺装束(つぼしょうぞくと呼ばれ着物の裾を引き上げつぼめて歩きやすくする)に、むしの垂れぎぬ(布が垂れた大きな笠)の旅姿。時代は平安時代のようです。
    平治の乱(平安時代末期に発生した政変)勃発の中、ある一族が京都から安全な場所へ移動している最中のようです。必死の形相で先頭を歩く女性は道先案内人。どうやらこの女性が私のようです。
    一族を無事に安全な場所(行き先は島根)までご案内するという大変な役割を仰せつかったようです。

    景色はガラリと変わり広い池に満開の桜。それを愛でながら二人の女性が時々目と目を交わします。二人は達成感と穏やかな感情で満ち溢れていました。
    どうやら無事に安全な場所にたどり着き、数日経った日の情景のようです。しばらくするとフーッとすべての場面は消えてしまいました。

    覚醒した私は今(現世)やるべき事を理解しました。

    一年後、心理&スピリチュアルカウンセラーそして『至福学』という講座を立ち上げました。
    道先案内人として、微力ながら少しでも人様のお役にたてれば幸いです。

    ◇◇後日談◇◇
    現世での使命・役割がわかり、講師・カウンセラーの仕事を始めました。しばらくしてふとあの過去世のことが気になるようになりました。
    なぜ京都から島根に行ったの?地図もないのになぜ島根?なぜたどりつけた?あの広い池と桜はどの場所?
    ためしにパソコンで「島根 平安時代」と検索すると最初にヒットしたのが

    島根は神の国、出雲大社(当時は杵築大社・1871年に改称)

    あっそうか!出雲大社に導かれたからたどり着けたのではと理解しました。しかしそれはもう少し調べた方が良さそうです。いずれ判明する時がくるでしょう。

    ではあの広い池と桜は出雲大社で見たものなのか?
    「出雲大社 桜」と検索すると最初に目についたのが若い女性の旅行記ブログ“出雲大社の桜を見に行きました”なぜか気になってクリックしてみると写真がズラリ。
    その中の1枚。説明文は“鳥居をくぐり真っ直ぐな参道をしばらく歩くとそこには池と満開の桜が‥‥‥”その写真に釘付けです。見覚えのある広い池と桜 ここだったのです!
    あの過去世に現れた広い池と桜は出雲大社で見たものだと判明しました。
    そしてもうひとつ判明したことがあります。

    何と!!!

    第14回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く。B-1「やっとお会いできました」どこらともなく声が‥‥‥‥気付くと赤ちゃんにひと筋の涙≫
    続けてお読みください


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    第14回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く。B-1「やっとお会いできました」どこらともなく声が‥‥‥‥気付くと赤ちゃんにひと筋の涙≫

    第12回 ≪今(現在)なぜK氏と出会った!?二人で検証≫ でも書きましたが、過去世に関する体験も大変興味深いものです。
    これまで親しい間柄の人との過去世での関わりをたくさん調べてきました。知ることで、今の関係が理解できたり、ふっと自分がその過去世の時の人格に戻ったり(潜在意識)と面白い現象が起きることがあります。
    今回は前回のタイトル8〜11シリーズAで登場した○○ちゃんではなく○○ちゃんの妹の☆☆ちゃんの話です。

    ○○ちゃんに妹が生まれました。
    今まででしたらすぐに私との過去世での関わりを興味津々で調べるのですが、☆☆ちゃんが奥ゆかしいのかそれとも私の力不足なのか何も見えません。わかりません。
    そんなある日、私の娘(○○ちゃんと☆☆ちゃんのママ)と○○ちゃんと対面式のベビーカーに乗った生後10ヵ月の☆☆ちゃんと4人でお散歩していた時のことです。
    私がベビーカーを押しながら周りの景色を見ていると「やっとお会いできました」とどこからともなく声が聞こえます。わかります。「えっ?」とあたりを見回しましたがわからず、しばらくすると又「やっとお会いできました」と聞こえます。わかります。
    ふと☆☆ちゃんを見ると☆☆ちゃんはじーっと私を見つめています。全く目をそらそうとはしません。
    一瞬私と☆☆ちゃんは過去世の人格に戻ったようです。
    無意識に私は☆☆ちゃんに向かって「私もとても嬉しゅうございます」と心の中でこたえていました。
    胸がとても熱くなりこの再会を喜び二人は見つめ合っています。すると☆☆ちゃんの目からひと筋の涙が。

    そうです!

    ☆☆ちゃんこそ第13回過去世を知った時 現世での使命が分かった! の最後のシーンに現れた桜を一緒に愛でたもう一人の女性だったのです。
    あの戦火をくぐり抜け大役を果たした信頼関係のあつい二人でもあります。
    ふっと我に返った私は娘に「ねえー見て見て ☆☆ちゃんが涙流してるよ」と状況を説明しました。
    平安時代の時の過去世の話を知っている娘はすぐに理解し「あーそうなんだー」と感慨深げに☆☆ちゃんを見つめていました。

    ◇◇後日談◇◇
    ☆☆ちゃんの初節句のお祝い(○○ちゃんの時の雛壇飾りがあるので)を何にしようか色々検討したのですが、☆☆ちゃんの魂のお導きなのか(以前にも魂のお導きの体験をしました。第9回 ≪赤ちゃんの魂の声を聴く シリーズA-2 「ありがとう」と突然言われて、「えー!そうだったのか!」・・・・≫ を読んでいただければ幸いです)ふと絵を贈りたい
    それも桜の絵を!と強く思うようになりました。

    これは第13回≪過去世を知った時 現世での使命が分かった!≫よりずっと以前のことです。

    現在☆☆ちゃんの家に初節句のお祝いの桜の絵(清水規 画)が飾ってありますが、最近改めてどこの桜なのだろうかと額の裏をドキドキしながら見てみました。
    残念ながら出雲大社の桜ではなかったのですが「京都醍醐寺にて」と記されていました。
    あの過去世で二人は京都の醍醐寺の桜を懐かしく思い出しながら、出雲大社で桜を愛でていたのだろうかと想像されます。

    ☆☆ちゃんが成長し、潜在意識の中に過去世の記憶が残っていたら、「何だか懐かしい感じがするんだよねー、なぜそんな気持ちになるのかわからないけど‥‥‥‥出雲大社と京都の醍醐寺に行ってみたいなー」と私に話すような気がします。
    その時初めて二人の過去世の関わりを打ち明け、そして旅行する なんて‥‥‥‥
    それがいつの日なのか今から楽しみでもあります。


    ◇◇後日談の後日談◇◇
    ◇◇後日談◇◇でいつか☆☆ちゃんと旅行したい(出雲大社と京都の醍醐寺に)と書きました。その後なぜか京都にそれも醍醐寺に早く行きたい!との思いが強くなり(私の場合この衝動に駆られるという状態は何か意味あることなので極力実行しています)今秋ひとりで行って来ました。☆☆ちゃんはまだ乳児なので…
    醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山
    (これも驚きでした 醍醐寺が真言宗醍醐派の総本山だったなんて、、、、、、、。私は以前から真言宗、天台宗に関わる不動明王様とのご縁がとても深く、助けられたエピソードがたくさんあります。いずれ“不動明王様と私”と題してまとめて書きたいと思っています。)

    醍醐寺の広い広い境内を『今日は紅葉だけど春には桜が満開で見事だろうな』と想像。周囲をながめながらのんぴり歩いてました。しばらくしてフーッと“桜と池”がビジョンとして浮かび上がり、それが“桜と池 桜と池”と声に変わり、何かに背中を押されるような感覚で足が前へ前へと進みます。
    まるで境内の奥へ奥へと導かれているかのように…

    『ひょっとしてこの奥に池があるの?何か意味があるのですか?』と問うたびに歩くたびになつかしさ、嬉しさ、胸の高鳴りが増していきます。

    『これは何かある!』と確信した私は早足から小走りに。胸の高鳴りがピークに達した時、突然、目の前に池が現れました。(少し小高くなっていて、直前まで行かないと池が見えません。)

    朱塗りの弁天堂と太鼓橋がかかったとても美しい池です。そして目の前には一本の大きな枝垂れ桜(今は枯れていますが、大木なので春には見事な花を咲かせるでしょう)。
    その枝垂れ桜を見た時「ここだ!!」と熱いものがこみ上げ自然と涙が出てしまいました。

    “後日談”で京都の醍醐寺の桜をなつかしく思い出しながらと書きましたが、この場所が、きっと私と☆☆ちゃんのお気に入りの場所だったのだろうと思われます。
    カメラのシャッターを押す指が震えるほどの感動です。

    あらためて、☆☆ちゃんとの京都旅行が楽しみになってきました。

    | 天海 未彩 (あまみ みさ) | - | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    Comment









    Trackback
    URL : トラックバック機能は終了しました。